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黒島伝治 著 山本善行 選/サウダージ・ブックス/四六判ソフトカバー/248頁
◉本書の紹介
「文章と構成の素晴らしさ。文学を知ることは、黒島伝治を知ることだ」
—荒川洋治氏絶賛!
「私は、黒島伝治の小説を読み始めると、その呼吸、リズムにからだをあずけるのが気持ちよく、気がつけば、からだがその物語の中にどっぷり浸かっているのだった。……会話の中にも抒情を感じるし、会話がつながっていくところで生まれる衝突や不安なども、その小説を深くしているように思う。」
—山本善行・解説より
香川県・小豆島に生まれ、シベリア出兵から帰還後、小林多喜二にならぶプロレタリア文学の旗手として活躍し、病のため若くして逝った小説家、黒島伝治(1898–1943)。京都の「古本ソムリエ」、山本善行が選んだ珠玉の短編作品アンソロジー。
▶表紙カバーは 【リバーシブルタイプ】。カバーの裏面にも、画家・絵本作家として活躍する nakaban作のオリジナル作品がカラー印刷されています。 【文芸・日本文学】
目次
初期文集より
瀬戸内海のスケッチ
砂糖泥棒
まかないの棒
「紋」
老夫婦
田園挽歌
本をたずねて
僕の文学的経歴
雪のシベリア
解説=山本善行
序文
瀬戸内海のスケッチ
無花果がうれた。青い果実が一日のうちに急に大きくなってははじけ、紅色のぎざぎざが中からのぞいている。人のすきを見て鳥が、それをついばみにやってくる。ようやく秋らしい北風が部落の屋根をわたって、大きな無花果の葉をかさかさと鳴らしている。ここ二三年来夏の暑気に弱くなった私は毎年、夏祭りの頃になると寝こんで起きあがれなくなる。そして、この秋風に吹かれだして、はじめてほっと息をつく。初秋の頃になると、農民や漁民はもとより、工場へ行く者も朝起きると、まず空を仰いで、朝雲の流れや、朝焼けの模様に注意する。都会に住むと天候を気にしないで過す日が多いが、この瀬戸内海の島にいると第一番の関心事となるのは天候である。部落の行きかわりの挨拶は、「今日は」のかわりに、天候に関する言葉で換わされることが多い。二十日ほど雨を見なかった後に一と降りやってくると、誰れでも心から嬉しそうに「えい潤いじゃのう」と云いかわす。私も小豆島に住みつづけるうちにいつか天候に気をとられて暮すことが多くなった。ラジオの天気予報は近頃だいぶよくあたるし、新聞の天気図を見るのも、たのしみの一つであるが、それでも自分で見た落日の模様や雲の動きや風の具合による判断の方がよくあたる。天候は、天気予報以上に不思議に私白身のからだの調子に影響する。……
著者紹介
黒島伝治(くろしま・でんじ)
一八九八年、香川県小豆郡苗羽村の自作農の家庭に長男として生まれる。地元の苗羽小学校、内海実業補習学校を卒業後、醬油会社に醸造工として入るが一年ほどで辞める。その頃から文学修行をはじめ、黒島通夫というペンネームで雑誌に投稿。一九歳の時に東京に出て、建物会社や養鶏雑誌社で働きながら小説を書き始めた。二一歳で早稲田大学高等予科文学科に入学。第二種学生だったので徴兵猶予が認められず、召集されてシベリアへ出兵。一九二二年、病を得てウラジオストックから小豆島へ帰郷する。一九二五年、二七歳のときに二度目の上京。同年、雑誌「潮流」七月号に掲載された短編小説「電報」が好評を得て、プロレタリア文学者としての道を歩み始める。故郷である小豆島での生活を描いた「農民もの」、そしてシベリアでの戦争体験をもとにした「シベリアもの」と呼ばれる数多くの作品を発表。代表作に「渦巻ける烏の群」など。生前に刊行された単行本は『豚群』、『橇』、『氷河』、『パルチザン・ウォルコフ』、『秋の洪水』、『雪のシベリア』、『浮動する地価』。中国における日本軍の済南事件を取材し、一九三〇年に発表した長編小説『武装せる市街』はただちに発禁となった。一九三三年、三五歳の時に喀血し、病気療養のため家族とともに帰郷。小豆島で執筆と読書をつづけ、一九四三年、享年四四歳で逝去。
山本善行(やまもと・よしゆき)
一九五六年、大阪生まれ。関西大学文学部卒業。エッセイスト、「古書善行堂」店主、書物雑誌「sumus」代表。著書に『関西赤貧古本道』(新潮社)、『古本のことしか頭になかった』(大散歩通信社)、『定本 古本泣き笑い日記』(みずのわ出版)など。古本ライター・書評家の岡崎武志との共著に『新・文學入門』(工作舎)、選者として上林暁傑作小説集『星を撒いた街』(夏葉社)と上林暁傑作随筆集『故郷の本箱』(夏葉社)の出版に係る。